先日、ある講演で何でリンパ浮腫を診るようになったのですか?とのご質問を頂きました。確かに私の若い頃はまだリンパ浮腫などほとんど知られていませんでした。
始まりはまったく関係のない父の手当でした。子供の頃、お腹が痛い、などあると父はその部位に手をがざしてくれたのですが、そうすると確かに痛みが消えるのです。父はサラッと、手を離しても効くんだぞ、と言って10cmほど手を離してくれたのですが同じように効きました。子供心に指先から何が出ているんだろう、と思ったりしていました。
北大の学生時代に、病気を自分で治すための家庭医学書(紺野義雄著)に出会いましたが、これはその時代にすでにリンパドレナージの実践方法を記したものでした。リンパの流れなどについても詳しく考察されていましたが、特に評判になるわけでなく、時代が早すぎたのでしょう。因みに著者の紺野先生はたまたま北海道大学衛生学教室の方でした。
そのような中で私の頭の中では手当から始まって、四肢末梢の生理に関心が移行していきました。医学生の頃、私は日本臨床というマニアックな医学雑誌を購読していましたが、ある時「リンパ循環」の特集がありました。当時にしては本当にニッチな領域でしたが、その中で臨床生理学としてのリンパ循環を書いておられたのが後の私の恩師にあたる関清先生でした。
私の学生時代はいわゆる学生運動が盛んな頃で、最終学年の時期も講義室に行くとバリケードで入れない、など日常茶飯事でした。おまけにちょうど札幌の冬季オリンピックが開催されたりして、卒業試験や医師国家試験の勉強などする環境ではなかったです。卒後の進路を決めるにあたり、私は当時の内科教授に直接ご相談したところ、日本でリンパ循環を専門にしているのは関先生しかいない、とのことで、すぐさま連絡を取って下さり、そのまま1972年(昭和47年)東邦大学医学部第三内科に入局いたしました。
当時はリンパ浮腫などほとんど知られておらず私も特に意識しておらず、単に研究対象としてリンパ循環をみておりました。第三内科はいわゆる循環器ですから、臨床は心臓、研究はリンパという状況だったわけです。これはその当時からのジレンマであって、通常、リンパだけでは日常臨床ではほとんど仕事にはなりません。そうこうするうちに、リンパ浮腫の患者さんが、リンパの専門らしい、との噂で、ポツン、ポツンとお出でになる事がありました。若い頃は、きっとリンパ浮腫に詳しい偉い先生がおられるのだろう、と勝手に思っておりましたが、どうも様子が違うようです。探してもリンパ浮腫の資料や治療法はほとんど出てきません。当時は外科的にリンパ管静脈吻合(最近の顕微鏡下ではない)などが行われており、むしろ外科疾患として取り扱われていたのです。そのため、自分で内科的保存療法の資料を作り始めました。
いわゆる学会でもリンパ浮腫のセッションなどはなく、静脈疾患などのおまけに1~2題ある程度で、リンパの演題になるとほぼ全員が席を立ち、残った数名で傷をなめ合うように発表しあったものです。今では多くの方々がリンパ浮腫に関心をもって下さり、文字通り隔世の感があります。一方で、そのような経緯を経た私にとっては、リンパ浮腫がこんなに盛んになって良いのか?という妙な感覚もあります。リンパは心臓など大循環に対して、あくまでささやかな末梢循環であろうと感じています。ちなみに、手当とリンパ循環とは結果的にまったく別物でした。
(ねむの木 廣田彰男)
